学生会館 講正学舎 給付型奨学金

学生会館 講正学舎

講正学舎の歩み

講正学舎は明治33年(1900年)11月3日に創設され、その名称は旧若狭小浜藩の藩校「講正館」に由来します。

第1期(1900年~1955年)
【矢来町時代・学生寮】

旧小浜藩主酒井家第16代当主酒井忠道により創設され、新宿区牛込矢来町の酒井家邸内に、木造2階建ての学生寮として発足しました。江戸情緒の残る神楽坂に近く、早稲田や法政の学生は歩いて通学していたようです。

  • 矢来公園にある小浜藩邸跡石碑
  • 矢来公園にある小浜藩邸跡石碑
  • 矢来公園にある小浜藩邸跡石碑

講正学舎発祥の地の矢来公園にある小浜藩邸跡石碑。石碑の裏には杉田玄白生誕地の文字(蘭学医、解体新書刊行)


第2期(1955年~1995年)
【吉祥寺時代・学生寮】

都心を離れ郊外の武蔵野市吉祥寺北町に、木造2階建ての建物2棟を新築して移転しました。武蔵野の林に囲まれ、敷地にはテニスコートがあり、成蹊学園に隣接した自然環境に恵まれた学生寮でした。

  • 吉祥寺時代・学生寮

    中庭を挟み北館と南館があり、四畳半の和室に二人が入る相部屋形式でした。

  • 吉祥寺時代・学生寮

    武藤太啓雄氏(写真中・元舎監)、藤田忠康氏(写真左・前舎監)には、多くの舎生がお世話になりました。

  • 吉祥寺時代・学生寮
  • 吉祥寺時代・学生寮
  • 吉祥寺時代・学生寮

    講正学舎は中央を走る扶桑通りの左側にありました。現在は十数棟の一般住宅が建っています。


第3期(1995年~)
【現在・学生専用マンション】

吉祥寺の建物が老朽化したため、平成7年3月に現在の世田谷区松原に移転しました。鉄筋コンクリート造り、地上4階・地下1階の近代的なワンルームマンションとなりました。明大前駅(最寄駅)から渋谷・新宿までいずれも約10分と交通の便は極めて良く、都内・都下のほとんどの大学へ通学可能です。

現在・学生専用マンション
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